京都地方裁判所 昭和45年(ワ)417号 判決 1973年6月26日
原告
森正次
ほか一名
被告
京都市
ほか一名
主文
被告らは、各自、原告森正次に対し、金一六四万三、〇〇〇円と、うち金一四九万三、〇〇〇円に対する昭和四四年二月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
被告らは、各自、原告森登茂子に対し、金一四七万三〇〇〇円と、うち金一三四万三、〇〇〇円に対する同日から同割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は二分し、その一を原告らの、その余を被告らの各負担とする。
この判決は、原告ら勝訴の部分にかぎり仮に執行することができ、被告らは、各金一〇〇万円あての担保を供して仮執行を免れることができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告らは、各自原告森正次に対し金三三九万九、六六〇円とうち金二九九万九、六六〇円に対する昭和四四年二月一〇日から、うち金四〇万円に対する昭和四八年六月二七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 被告らは各自原告森登茂子に対し金二七九万七、六八〇円とうち金二五九万七、六八〇円に対する昭和四四年二月一〇日から、うち金二〇万円に対する昭和四八年六月二七日から各支払いずみまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決と仮執行の宣言。
第二請求の趣旨に対する答弁
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第三請求の原因事実
一 事故の発生
訴外森政寛は、次の交通事故によつて死亡した。
(一) 発生時 昭和四三年二月九日午前八時四〇分頃
(二) 発生地 宇治市神明宮東八番地の二附近の府道宇治淀線路上
(三) 事故車 大型貨物自動車(京1り三九七号)
運転者 被告太田道治
(四) 被害者 訴外人(歩行中)
(五) 態様
同訴外人は、本件事故現場の路上を、西から東に歩行中、背後からきた事故車に追突されて転倒。
(六) 訴外人は、同日午後三時、骨盤骨折、内臓破裂により、訴外宇治病院で死亡した。
二 責任原因
被告らは、それぞれ次の理由により、本件事故によつて生じた損害を賠償する責任がある。
(一) 被告太田道治は、事故発生について、次のような過失があつたから、不法行為者として民法七〇九条の責任。
路面が凍結し滑走し易くなつていたのに急制動をかけた。
(二) 被告京都府は、本件道路の設置管理者であるが、次のような設置管理上の瑕疵があつたから、国家賠償法二条一項の責任。
本件道路は、東に下り坂であるから、スリツプによる事故防止のため、歩道を設けるか、ガードレールを設置する必要があつた。従来はコンクリート舗装をし、網目のすじが入つていたが、昭和四二年七月、電話線の工事をするためこれを掘り起した後、ゴム入り密粒度アスフアルト舗装をした。そのため滑り易くなつた。
そのうえ、本件事故のとき、凍結が重なり、より滑り易い状態になつていた。しかし、同被告は融雪剤を撒布しなかつた。このように本件道路は、凍結による滑走防止が不十分であつた点に、道路の安全性が欠如しており、これらは、本件道路の設置管理上の瑕疵である。
三 損害
(一) 葬儀費
原告森正次は、同訴外人の事故死に伴ない、金四〇万一、九八〇円の葬儀費の支出を余儀なくされた。
(二) 被害者に生じた損害
(1) 訴外人が死亡によつて喪失した得べかりし利益は、次のとおり金四六九万五、三六〇円と算定される。
(死亡時) 一四歳
(推定余命) 五四・七一年(平均余命表による)
(稼働可能年数) 三五年(大学卒業後)
(収益) 月金二万七、八〇〇円ほかに賞与年額金五万三、七〇〇円(昭和四二年賃金センサス、旧大新大卒二〇歳以上二四歳以下)
(控除すべき生活費) 五〇パーセント
(年五分の中間利息控除)
ホフマン係数二四・二四六六三
387,300円×0.5×24.24663=4,695,360円
(2) 訴外人の死亡による精神的損害を慰藉すべき額は、諸事情に鑑み金一五〇万円が相当である。
(3) 原告らは訴外人の相続人として、それぞれ相続分に応じ訴外人の賠償請求権を二分の一あて承継取得した。その額は、各金三〇九万七、六八〇円である。
(三) 原告らの慰藉料
原告らの本件事故による精神的損害を慰藉するための慰藉料は、各金一〇〇万円が相当である。
(四) 損害の填補
原告らは、自賠責保険から各金一五〇万円の支払いを受け、これをみぎ損害に充当した。
(五) 弁護士費用
以上により、原告森正次は金二九九万九、六六〇円、原告森登茂子は金二五九万七、六八〇円を被告らに対し請求できるところ、被告らはその任意の弁済に応じないので、原告らは、本件原告訴訟代理人にその取立てを委任し、原告森正次は金四〇万円、原告森登茂子は金二〇万円を第一審判決言渡の日に支払うことを約束した。
四 結論
被告らに対し、原告森正次は、金三三九万九、六六〇円とうち金二九九万九、六六〇円に対する昭和四四年二月一〇日から、うち金四〇万円に対する昭和四八年六月二七日(第一審判決言渡の日の翌日)から各支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求め、原告森登茂子は、金二七九万七、六八〇円とうち金二五九万七、六八〇円に対する昭和四四年二月一〇日から、うち金二〇万円に対する昭和四八年六月二七日から各支払いずみまで同割合による遅延損害金の支払いを求める。
第四被告らの事実主張
一 被告太田道治
(一) 本件請求の原因事実中、第一項は認めるが、第二項の同被告の過失を否認する。第三項の損害額を争う、ただし、原告らが同訴外人の相続人であることと損害の填補額を認める。
(二) 同被告には、運転上の過失はなく、本件事故は、回避不可能であつた。
(三) 仮に同被告に過失が認められるとしても、同訴外人は、友人と並んで、道路側端から一メートルセンターライン寄りのところを歩行していた過失があるから、損害額算定に際し、この過失を斟酌しなければならない。
二 被告京都府
(一) 本件請求の原因事実中、第一項は認めるが、第二項の同被告に本件道路の設置管理上の瑕疵のあつたことを否認する。第三項の損害額を争う、ただし、原告らが同訴外人の相続人であることと損害の填補額を認める。
(二) 被告京都府が本件道路の設置管理者であること、本件道路が東に下り坂であること、従来はコンクリート舗装で網目のすじが入つていたが、原告ら主張のころアスフアルト舗装になつたこと、本件事故のとき、融雪剤を撒布していなかつたこと、歩道とガードレールのなかつたことは認める。
被告京都府がしたゴム入密粒度アスフアルト舗装の摩擦係数は、コンクリート舗装の摩擦係数と殆んど同じであり、湿潤時には、アスフアルト舗装の方の摩擦係数が多少大きい。そうして、コンクリート舗装のすじは、却つて水分やごみが溜り、表面に水膜ができて摩擦を低下させ、すべり止めの効用がない。
道路表面が凍結しているのを、融雪剤の撒布その他の方法で常時解消し不凍結の状態で維持することは望ましいが、技術的にも経済的にも人的管理上も不可能であるから、そのような処置は、道路管理の内容にならない。
被告京都府が、融雪剤を撒布しなかつたことは、被告太田道治の本件事故車の無謀運転を誘発したわけではない。従つて、融雪剤の不撒布と本件事故とには因果関係がない。
第五証拠関係〔略〕
理由
一 本件請求の原因事実中第一項の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで、本件事故の情況について判断する。
みぎ争いのない事実や、〔証拠略〕を総合すると次のことが認められ、この認定に反する証拠はない。
(1) 本件事故現場附近の府道は、いわゆる「三の坂」といわれ、約八〇メートルの間が、東に二度五五分ないし四度一分の下り勾配になつている。
宇治市より約二〇ないし三〇メートルの高さの丘陵を切り開いて本件道路中「三の坂」部分を東西に通したため、本件道路の両側は高さ約一〇メートルの木の生立した斜面で、日当りは悪い。
本件事故現場附近の道路幅員は七・一メートルで、東行西行各一車線である。歩道はない。
本件道路である府道宇治淀線は、地方の幹線道路で、車両の通行は多い。
(2) 「三の坂」は、もとコンクリート舗装をし、網の目のすじを入れて滑止めをしていたが、昭和四二年七月、電話線工事をするためこれを掘り起した後、ゴム入り密粒度アスフアルト舗装になつた(このことは、原告らと被告京都府との間で争いがない)。このようなゴム入り密粒度アスフアルト舗装にしたのは、コンクリート舗装をすると、それが固まるまで約一か月の養生期間が必要であり、直ちに交通開放ができないことと経済的に安価であることによる。しかし、両舗装の摩擦係数に大差はない。そのうえ、ゴム入り密粒度アスフアルト舗装は、重交通に耐える強度と耐久性がある。従来は、コンクリート舗装に深さ約一〇ミリメートル位の網の目のすじを入れることが、滑止めになると考えられていたが、現在では、このすじに砂、ごみ、水が入つてつまつたり、あるいはたまつた雨水が潤滑油の役目を果し、却つて滑りやすくなり、逆効果を招く場合もあると考えられるようになつた。
(3) 被告京都府は、宇治土木工営所に本件道路である宇治淀線の管理をさせていたが、同被告は、同工営所の管轄区域を降積雪のない地域と考え、格別制度的に降積雪に対する予算措置を講じたり、融雪のための組織や対策を定めた規準規定をおいて実行に移すことはしていなかつた。ただ、宇治土木工営所では、夏場の防塵剤であるダストクリーン(塩化カルシユーム)を備蓄して、それを冬場の融雪剤として利用していた。
(4) 昭和四三年一月から二月にかけて、例年になく宇治方面に降積雪があつた。
同年一月一四日夜から一五日の朝にかけて同年になつてはじめて雪が降り、宇治市内で一ないし二センチメートルの積雪をみたが、「三の坂」では、この雪が凍結し、同月一五日午前八時二〇分ごろ、「三の坂」を下つていた軽トラツクがブレーキをかけたためスリツプし、ハンドルをとられて電柱に衝突し、運転者が受傷する事故があつた。
このため、警察は、同日午前九時から同日正牛まで、車両の通行止めをし、宇治土木工営所は、融雪剤を撒布した。
本件事故後である同年二月一二日午前八時三〇分ごろにも、「三の坂」で、前夜降つた雪が凍結していたため、スリツプ事故があり、運転者の一人が負傷した。
(5) 本件事故のあつた同月九日午前七時三〇分ころから、激しく雪が降り、「三の坂」では、この雪が薄く積り、車両の通行した轍のところの雪は、踏みつけられて凍結し、滑りやすい状態であつた。
(6) 宇治土木工営所技術第二課長小林喜義は、この降雪により宇治瀬田線の天ケ瀬ダム附近の道路の凍結を予想し、同日午前八時ごろ、融雪剤を車に積んで部下二名と同工営所を出発し、「三の坂」にさしかかつたとき、道路の凍結を発見し、融雪剤を撒布しはじめた。その方法は、融雪剤の紙袋をスコツプでたたき割り、それを手で持つて振りまわす仕方であつた。小林喜義らが、このようにして、本件事故現場の手前約二〇〇メートルの辺まで撒布してきたとき、本件事故が発生してしまつた。
(7) 被告太田道治は、同日午前八時三〇分ごろ、事故車(空車)を運転して時速二五キロメートルで「三の坂」を東進中、先行車が停車準備のため制動しているのを認めながら減速徐行をせず、約二八メートル程先で先行車が停車したのを認め、あわてて停車しようとして、急制動の措置をとつたため、事故車の後部が南西にふれ、斜になつたまま道路を滑走し、丁度「三の坂」の本件事故現場附近の道路北端(左端)を歩行中の訴外亡森政寛に事故車の左前部を衝突させた。
被告太田道治は、積雪のため「三の坂」の路面が凍結していることに気付いてはいた。
なお、森政寛は、登校中で、その右側(センターライン寄り)には、訴外平野幸治が並んで歩いていた。
三 責任原因
(一) 被告太田道治は、「三の坂」が凍結して滑走しやすいことに気付いていたのであるから、ハンドル操作を確実にするとともに、速度を調節し、急制動をかけるのを避けるべき注意義務があつたのに、この注意義務を怠つた過失がある。
(二) 被害者である森政寛には過失がない。そのわけは、森政寛は、道路左端を東に向つて歩行していたものであつて、東行車道の車両通行の妨害になるような歩行をしたものではないからである。
(三) 被告京都府には、道路管理上の瑕疵があつた。そうして、この瑕疵が本件事故の一原因になつた。すなわち、
昭和四三年一月から二月にかけて例年にない降積雪があつたのに、本件道路の管理者である被告京都府は、降積雪による路面の凍結にもとづく危険を除去するため、有効かつ適切な措置を何一つ講じなかつた。
「三の坂」は、昭和四三年一月一五日、路面の積雪による凍結のため交通事故が生じたのであるから、被告京都府には、「三の坂」は降積雪の場合、路面凍結の危険のあることは十分予知できた。しかも、この府道宇治淀線は、地方の幹線道路で、車両の通行が多く、「三の坂」は東に相当な下り勾配で、道路両側は高さ約一〇メートルの斜面で、日当りが悪いといつた地理的条件であることを考えたとき、被告京都府としては、「三の坂」の道路凍結に対処して、降雪の際の道路パトロールを強化し、凍結を発見したときは、直ちに融雪剤を撒布したり、それが間に合わないときは、通行する車両の運転者に、路面が凍結していて滑走の危険がある旨の標識をたてて知らせ、場合によつては、道路の通行止めの措置をとるなどして、道路の安全性を維持する必要があつた。しかし、被告京都府は、この地方が積雪地域でないことから、みぎに述べたような内容の降積雪に対する安全対策をたて、降積雪の際、道路凍結に備えてその対策を速かに実施する方策と態勢をとつていなかつた。このことは、夏場の防塵剤を備蓄して冬場の融雪剤に間に合わせていたこと、薬剤撒布車の配備のなかつたことによつても明らかである。
このように、「三の坂」は、本件事故当時、降積雪のため凍結し、道路が通常具有すべき道路としての安全性を欠如していたもので、これが、道路管理者である被告京都府の管理上の手落であるから、同被告には、本件道路管理上の瑕疵があつたとするほかはなく、被告京都府は、国家賠償法二条一項による賠償責任を免れない。
なお、宇治土木工営所が、本件事故の日、本件事故現場の約二〇〇メートル手前まで融雪剤を撒布したのは、天ケ瀬ダム附近の道路の凍結予防のために出動した途中たまたま「三の坂」の凍結を発見したからであつて、はじめから、「三の坂」の凍結を知り、これの融雪のため出動したものではなかつた。従つて、約二〇〇メートルの手前まで融雪剤を撒布したことは、「三の坂」の道路管理に手落のなかつたことの証左にならない。
原告らは、被告京都府には、コンクリート舗装をアスフアルト舗装にしたことに設計上の手落があつたと主張しているが、両者とも摩擦係数に大差がないから、特にアスフアルト舗装が不適当であるとはいえないし、路面に網状のすじを入れなかつたことも、すじを入れると却つて、逆効果のあることを考えたとき、これ亦設計上の手落があつたとするわけにはいかない。
被告京都府は、道路管理の瑕疵と、本件事故との間には因果関係がなかつたと主張しているが、さきに認定したとおり、「三の坂」の路面凍結がなかつたなら、本件事故は発生しなかつたのであるから、同被告の主張は採用できない。
四 原告らの損害額について判断を進める。
(一) 葬儀費 金一五万円
〔証拠略〕によると、森政寛の死亡に伴ない、原告森正次がその葬儀費を支出したことが認められる。そうすると、その葬儀費用中、本件事故の損害として被告らに負担が求められる額は、金一五万円が相当である。
(二) 被害者に生じた損害
(1) 逸失利益 金二六八万六、〇〇〇円(千円以下切捨)
死亡時 一四歳〔証拠略〕
稼働可能年数 一八歳から六三歳まで
収益(年) 三六万七、四〇〇円(昭和四三年賃金センサス男子労働者学歴計一八~一九歳)
27,800円×12月+33,800円=367,400円
生活費控除 五割
年五分の中間利息控除
ライプニツツ係数一四・六二二八
367,400円×0.5×14.6228=2,686,208円
(2) 慰藉料 金一〇〇万円
本件に顕われた諸般の事情に鑑み、森政寛の、本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料は、金一〇〇万円が相当である。
(3) 相続
森政寛の相続人が原告らであることは当事者間に争いがないから、原告らは、森政寛の本件事故による損害を二分の一あて、各金一八四万三、〇〇〇円を承継取得したことになる。
(三) 原告らの固有の慰藉料 各金一〇〇万円
本件に顕われた諸般の事情を斟酌し、原告らの本件事故による精神的苦痛に対する慰藉料は、各金一〇〇万円あてが相当である。
(四) 損益相殺
原告森正次の損害は、金二九九万三、〇〇〇円、原告森登茂子の損害は、金二八四万三、〇〇〇円であるところ、原告らは自賠責保険から各金一五〇万円を受けとつたことは当事者間に争いがないから、みぎ損害からこれを控除する。そうすると、原告森正次の損害は、金一四九万三、〇〇〇円、原告森登茂子の損害は、金一三四万三、〇〇〇円になる。
(五) 弁護士費用
原告らが本件訴訟代理人に訴訟委任をしたことは、当裁判所に顕著な事実であるから、その弁護士費用中本件事故による損害として被告らに負担が求められる金額は、原告森正次が金一五万円、原告森登茂子が金一三万円とするのが相当である。
五 むすび
被告らは、各自原告森正次に対し、金一六四万三、〇〇〇円とうち金一四九万三、〇〇〇円に対する本件事故発生の日以後である昭和四四年二月一〇日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならないし、原告森登茂子に対し、金一四七万三、〇〇〇円とうち金一三四万三、〇〇〇円に対する同日から同割合による遅延損害金を支払わなければならないから、原告らの本件請求をこの範囲で正当として認容し、民訴法八九条、九二条、一九六条に従い主文のとおり判決する。
(裁判官 古崎慶長)